カナダ特集 Part 5 – ケベックの誇り

あまり馴染みのある方は少ないと思いますがこの写真はカナダケベック州の州旗です。

カナダの中でケベック州は少し複雑な州です。

何故複雑であるかについて、ご説明させていただきます。

カナダケベック州の車のナンバープレートの下の部分には必ず、フランス語でJe me souviensというフレーズが書かれています。皆さん、どういう意味だと思いますか?

Je me souviensの意味は”私は忘れない”です。

この言葉には非常に深い意味があります。

ジュムスヴィアンと読みますがこれはケベック州の公式モットーです。

何を忘れないかいうと、それはフランス語であり、フランス文化です。

カナダへ最初に植民したのはフランス人でした。しかし、その後、イギリス人とフランス人が戦争をして、イギリス人が勝ち、国全体を英語化する動きがありました。

誇り高いフランス人はそれを阻止して、カナダでは今でも英語とフランス語の両方が公用語として使われていて、カナダのお札の上にも英語とフランス語が併記されています。

私が丁度、カナダトロントにいた1994年はレファレンダムと呼ばれたケベック州住民の投票があり、独立反対51%、独立賛成49%でギリギリケベック州はカナダにとどまりました。

もし、ケベック州が独立していたらカナダという国は成り立たなくなっていたかもしれませんので1994年はカナダにとっては歴史的な年でした。

この様な歴史的背景もあり、カナダの首相は国民に話しかける時は英語の後で必ずフランス語でも同じ内容の話をします。

わたしの経験ではケベック州でもモントリオールの様な大都市では英語が通じますが、ケベック州の田舎へ行くと話されている言葉はフランス語だけで、英語は通じませんでした。

Je me souviensとは“私はフランス語、フランス文化を忘れません”という強いメッセージなのです。

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カナダ特集 Part 4 – カナダの歴史

15世紀に西欧史上でカナダを発見したとされるのが、イタリア人探索家のジョン・カボットとフランス人探索家のジャック・カルティエです。


16世紀になるとフランスが植民地・ヌーベルフランスを設立しますが、アメリカに植民地を広げていたイギリスとの対立が激化します。


対立の結果1763年のパリ条約によってイギリスの植民地として、約100年に渡りイギリスの支配下に置かれることとなります。

その後1885年に大陸横断鉄道が完成し現在のカナダが誕生します。


第一次世界大戦後には外交権が認められ、カナダとしての独立を果たしました。

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カナダ特集 Part 3 – カナダの時差

カナダ国内の時差は何時間でしょうか? 

アメリカとカナダでは日本と違い、国内に時差があります。アメリカには東部時間、中部時間、山岳部時間、太平洋時間の四つに加えて、アラスカ、ハワイ-アリューシャンはら時間があることは皆さんご存知の方も多いかと思います。 

ところで、カナダでは更に東に二つのTime Zoneがあることをご存知でしょうか?

カナダには東部時間より更に1時間早いノバスコシア州の大西洋時間更にそこから30分だけ早いニューファンドランド州時間があります。

したがってカナダの東の端と西の端には4.5時間の時差があります。

何故、ニューファウンドランド州は大西洋時間から0.5時間早く、東部時間から1.5時間早いという妙な刻んだ時間帯なのでしょうか? 

実は、この時間帯はかつてニューファンドランドがイギリス植民地であった頃の名残です。

1963年に州政府が他の大西洋諸州と同じ時間帯に移行する計画を立てましたが、住民からの強い反対があり断念したそうです。 

ニューファンドランド島、及びラブラドール地域はカナダでは最も若い領土です。

1949年までニューファンドランドはイギリス植民地で、独立国のように振る舞っていました。

この年、ケベック州の様に、住民投票が実施され、賛成50.50%、反対49.50%の僅差でカナダ加入が決まったそうです。

こういう経緯があり、この地に住む人々は独立心があり、大西洋時間から0.5時間早く、東部時間から1.5時間早いという時間帯にこだわっている様です。

カナダの島といえば日本人に一番馴染みがあるのは赤毛のアンのプリンスエドワード島ですね。

わたしは90年代にカナダに6年間住んでおりましたので、カナダ10州全てを訪問しましたが、一番東に位置するニューファンドランド島は日本では余り知られていませんが、カナダ最東端の島でカナダの手付かずの自然が見れる非常に美しい島です。

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カナダ特集 Part 2 – カナダの州名

カナダには10州と3準州があります。カナダでは先住民由来の州名はいくつあるでしょうか?

10州中、4州 オンタリオ州、ケベック州、マニトバ州、サスカチュワン州

3準州中、2準州 ユーコン準州、ヌナブト準州

半数近くが先住民由来の名前です。

カナダ最大の都市トロントのあるオンタリオ州の由来はネイティブのイロコワ族の言葉で、「美しい湖(水)」という意味があります。

オンタリオ州には湖がおよそ25万箇所、川は10万キロも広がっていますので、まさに「美しい湖(水)」の州です。

カナダの地図をご覧になるとよくわかりますが、オンタリオ州、ケベック州、マニトバ州、サスカチュワン州、ユーコン準州、ヌナブト準州を合わせた面積はカナダ全土の面積の50%以上を占めています。

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カナダ特集 Part 1 – カナダ英語

私はカナダトロントに1992年から1998年まで6年間住んでいました。

その時に見聞きしたことについて、以前書いたことを再編集してこのゴールデンウィークにこのブログに書かせて頂くことにしました。

ご興味のある方はどうぞ最後まで、ご覧下さい。

今回はまずは、アメリカ英語とカナダ英語の違いについてご紹介します。

カナダは英連邦の国ですが話される英語はむしろアメリカに近く、カナダとアメリカの英語の違いは限定的ですが、違いがあります。今日はその違いをご紹介します。

(1) 州名

カナダでは州のことをprovinceと呼びます。

アメリカのStateもカナダのProvinceも日本語にすると州ですが、初めて会うカナダ人にアメリカと間違えて

Which state are you from ?

どちらの州のご出身ですか?

と言ってしまうと少し不機嫌になるか、Stateではなく、Provinceですよ!と注意されます。気をつけましょう。

カナダ人の心の中では

“私はカナダ人よ、アメリカと一緒にしないで”

と言っています。

カナダの方はカナダ連邦に誇りを持っています。アメリカと一緒にされたくはないのです。

(2)末尾のer

例えば、アメリカではシテイセンターはCity Centerと綴りますが、カナダではCity Centreと綴ります。

(3)トイレの呼び方

アメリカでトイレをRest roomと言いますがカナダではWash roomと言います。

(4)カナダ方言

カナダの方言があるとしたら、それは1つ。

それはEh(エイと呼びます)です。

意味は – だね?と相手に共感を求める時に最後に添える言葉です。

90年代カナダに住んでいた時ある冬の朝、隣の住人が雪かきをしていて、わたしに話しかけてきました。外は摂氏マイナス15度です。

私が住んでいたカナダトロントでは1月、2月は摂氏マイナス15度がずっと1-2週間続くことも珍しくありません。

そんな寒い朝に、隣人のボブさんから出た言葉はこうです。

Cold Eh ? 

(今日は)寒いね ?

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ドイツ ミュンヘン訪問

11/13 – 11/16 ドイツミュンヘンを訪問しました。

昔のミュンヘンは城壁に囲まれていましたが、時代を経て解体され、現在は3つの城門だけが残っています。

「カールス門」が広場の東側に残っています。これがその写真です。私が訪れた時は夕暮れでしたが。大勢の方々が行き来していました。

ミュンヘンは約150万人のドイツ南東部最大の都市、バイエルン州の州都です。

ミュンヘンのあるバイエルン州はリヒテンシュタイン、オーストリア、チェコ共和国と国境を接するドイツ南東部の州です。

バイエルンの名前の由来はバイエルン王国です。バイエルン王国は非常に長い歴史があり、バイエルン公国を起源としています。19世紀初めから20世紀のドイツ革命まで存在したドイツ南部の王国で、ミュンヘンが首都でした。

私がデュッセルドルフで覚えたドイツ語「アルトシュタット Altstadt」(旧市街)の中心にあるマリエン広場には数多くの歴史的建造物があります。

この下の写真はマリエン広場にある市庁舎ですが、時計台の下に16 世紀の人形劇を再現する仕掛けがあります。

毎日午前11時と正午にこの人形たちが動くそうです。残念ながら、私はそれを見る時間はありませんでしたが。

こちらはその仕掛けの拡大写真です。

マリエン広場にはたくさんの人々が集まっていました。

これははマリエン広場近くの教会です。マリエン広場の喧騒とははまるで違う静寂な空間。

マリエン広場に赤いテントの下で何かを売っているお店が沢山ありました。なんだろうと覗いてみると栗(ドイツ語でMaroni)を売っていました。

まるで日本の天津甘栗の販売店舗の様でした。どうもドイツ人も栗が好きな様です。

11/15ミュンヘンの朝は寒く、気温は摂氏2度でした。

日本をヨーロッパの中に置いた面白い地図を見つけましたのでご紹介します。

改めてドイツの位置をこの地図で見ますと北海道の上です。スペイン、イタリア、ギリシャを除き、ヨーロッパの主な国々は日本より北にあることを改めて認識しました。

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ドイツ ケルン訪問

2022.11.12 ドイツのケルンを訪問しました。この町の名所は大聖堂とライン川に架かるホーエンツォレルン橋です。

ケルン大聖堂の中では美しいステンドグラスが見れます。

ホーエンツォレルン橋は1911年にライン川にかけられて以降、物資を輸送する上で重要な役割を果たしてきました。

しかし、第二次世界大戦時、連合国軍の進入を阻もうと、ドイツ軍が自身で爆破。一度は姿を消したが、その後、オリジナルに忠実に再建されました。

今はここは恋人たちにとっての名所であります。

彼らの目的は、「愛の南京錠」を欄干にかけること。互いの名前を記した南京錠をかけ永遠の愛を誓うそうです。

私がこの橋を訪れた時は南京錠をかけるカップルの風景は見れませんでしたが、橋の上にはものすごい数の二つの名前が書かれた南京錠がありました。

ホーエンツォレルン橋から見えるケルン大聖堂も素晴らしいです。

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ドイツ デュッセルドルフ訪問

2022.11/3,4 11/11-11/13 5日間ドイツデュッセルドルフを訪問しました。

デュッセルドルフで撮影した写真と共にこの街の紹介をさせて頂きます。

デュッセルドルフは人口60万ほどの小さい都市ですが、ヨーロッパ最大の日本人街がある街として有名です。

経済都市であるこの都市には、古くから多くの日本企業が進出し、現地に駐在する日本人が増え、日本人企業が立ち並ぶインマーマン通り(Immermannstr. )を中心に日本街が形成されました。

私もデュッセルドルフを訪問するまでは、こんなに日本レストランがあるとは思いませんでした。

11/3にデュッセルドルフに到着した夜の最初の食事はドイツ名物アイスバインでした。この写真にあるとてつもなく大きな豚の料理ですが、大変美味しく頂きました。

アイスバインはドイツ語で「Eisbein」といい、豚肉をタマネギ、セロリなどの香味野菜、香辛料とともに数時間煮込んで作るドイツ料理を代表する家庭料理です。

11/11以降は日本街の居酒屋とラーメン店に行きました。驚いたことにシェフは皆、日本人でした。ワーキングホリデーで日本の若者がこの街に来ている様です。私が行った居酒屋”串亭”とラーメン店”なにわ”はこちらです。

“なにわ”には二日連続で行き、味噌ラーメンと餃子を頂きましたが、いずれも美味しかったです。味噌ラーメンは12ユーロ。思ったよりはリーズナブルなお値段でした。

連日ドイツ人が並んでいましたが、カウンターの横に座ったドイツ人女性に聞いたところ、このお店のラーメンが好きで、仕事でデュッセルドルフにきた時はいつも一人でこのお店に来ているとのこと。

デュッセルドルフでの交通手段はトラム(straßenbahn)と呼ばれるこの写真にある路面電車を使いました。

運転手は運転だけをしており、キップのチェックは全くしていません。これは鉄道も同じで、そもそも改札がありません。これには本当に驚きました。時々抜き打ち検査をしているそうですが、ドイツ中が無人駅ということになります。

鉄道のチケットはこの写真にある販売機を使いますが、全く英語の表記がありませんので近くにいる方に教えてもらいながらチケットを買いました。私は完全にお上りさんです。

次の写真はドイツの駅にあったコインロッカーです。日本と違いとてもカラフルな色々です。

デュッセルドルフの旧市街にも行ってみましたがとても賑わっていました。旧市街はドイツ語でアルトシュタット(Altstadt)と言います。

この街で道を聞くと、Old Townと英語で言ってもなかなか通じず、このドイツ語で言い換えたら、急にニコッとして、ドイツ人のおじさんが方角を教えてくれました。ドイツ人で英語を喋らない方も結構いるのは意外でした。

この写真はアルトシュタットの雑踏です。

ライン川の名前のついたライン塔はホテルから近いので早朝に行ってみました。

こちらはライン塔の上からみたライン川と旧市街です。この日はよく晴れて遠くまで見渡すことができました。

次の写真はデュッセルドルフの旧市街から見たライン川の夕日です。皆この美しい光景をただ見とれていました。

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イソップ物語から来た英語表現

今日はイソップ物語の中のフレーズを語源とする英語表現を5つご紹介します。

狼少年の話は皆さん、既にご存知ですね。それ以外のイソップ物語にあまり馴染みのない方もいると思いますので、語源となったイソップ物語の要約と紹介しました英語のフレーズの例文も書き加えましたので、一緒にご覧になり、ご活用下さい。

(1) sour grapes

「負け惜しみ」

語源 : イソップ物語キツネとブドウの話

子ぎつねを守るために、母きつねは危険を知らせるため大きな声で鳴いて知らせてその結果猟師に見つかってしまいます。子ぎつねは小さいうちにお母さんを亡くしてしまいますが、山の中で無事成長します。ある時あるブドウに出会います。そのブドウはお母さんキツネが残した物だと子ぎつねは気づきます。そしてお母さんの愛情も思い出します。

例文 :

It was sour grapes on your part.

「それは君の負け惜しみだ」

(2) dog-in-the-mangerish

「意地悪者」

語源 : イソップ物語の飼い葉桶に入り込んで牛を困らせた犬の話

ある日、牛たちが一日の仕事を終え疲れてお腹をぺこぺこに空かせて牛小屋に戻ってきた。すると意地悪な犬が牛の飼葉が入っている飼葉桶の中に立ってほえていた。犬は、その飼葉を食べないくせに 牛たちに食べさせなかった。

例文 :

Don’t be a dog in the manger !

「意地悪するなよ!」

(3) bell the cat

「他人が嫌がる中で進んで難局に当たる、皆の為に進んで危険なことを引き受ける」

語源 : イソップ物語のネズミの相談

ネズミたちは、いつも猫のためにひどい目にあわされていた。 何とかしようとネズミたちが集まって相談し、その中の一匹が、「猫が来たらすぐわかって逃げられるよう、猫の首に鈴を付けよう」と提案する。 皆は名案だと喜んだが、では誰が猫に鈴を付けに行くのかという段になると、誰もその役を買って出る者はいなかった。

例文 :

That’s a very good plan. But who will bell the cat?

「それは素晴らしい案だけれど、誰が実行するんだ?」

(4) cry wolf

直訳は「オオカミと叫ぶ」ですが、「嘘をついてパニックを起こす」

語源 : イソップ物語の「オオカミ少年」

羊飼いの少年が、退屈しのぎに「狼が来た!」と嘘をついて騒ぎをおこす。だまされた大人たちは武器を持って出てくるが、徒労に終わる。少年が繰り返し同じ嘘をついたので、本当に狼が現れた時には大人たちは信用せず、誰も助けに来なかった。そして、村の羊は全て狼に食べられてしまいます。

例文 :
Stop crying wolf about everything.

「嘘をついてパニックを起こすのは辞めてくれ」

(5) a taste of one’s own medicine

直訳は「自分で処方した薬の味」ですが、これは、「しっぺ返し」「自業自得」といった意味で使われます。

語源 : イソップ物語の「ペテン師の薬売り」

イソップ童話で、お金もうけをしようと効能がない薬をどんな病気でも治ると嘘をついて売ったペテン師が、最終的に自分が病気になった時にそれをのむ羽目になる。

例文 :

Now you see how it feels to have someone lie to you! You are getting a taste of your own medicine!
「他人に嘘をつかれるとどんな気持ちになるのかわかったでしょう!自業自得ね!」

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Earthの名言

今日はEarthを引用した名言を5つご紹介させて頂きます。

いずれも素晴らしい名言ですが、この方々の人生にも思いを馳せて、考えると、いずれも味わい深いです。

今、ロシアとウクライナの間で起きている紛争について、この方々が現代に生きていたらなんと言うのでしょう?

(1) Earth provides enough to satisfy every man’s need, but not every man’s greed.

「地球は全ての人間に必要なものは充分満足させてくれるが、全ての人間の強欲を満足させてくれるのではない」

インドの人権活動家、マハトマ・ガンジーの名言です。

(2) National boundaries are not evident when we view the Earth from space.

「宇宙から地球を見たとき、国境線は明確ではない」

アメリカの天文学者、カール・セーガンの名言です。

(3) Because we all share this small planet earth, we have to learn to live in harmony and peace with each other and with nature.

「私たち全員でこの小さな地球を共有しているので、お互いと、そして自然とも調和して平和に暮らすことを学ばなければならない」

チベットのダライ・ラマの名言です。

(4) There are no passengers on spaceship earth. We are all crew.

「宇宙船地球号に乗客はいない。私たちは全員乗組員である」

カナダの文学者、マーシャル・マクルーハンの名言です。

(5) The Earth does not belong to us. We belong to the Earth.

「地球は私たちのものではない。私たちが地球のものなのだ」

アメリカの女優、マーリー・マトリンの名言です。

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