交渉術について

今日は交渉術について書くことにします。以前勝海舟についてブログに書いたことの再掲ですが、改めて見直しました。

勝海舟と言えば、江戸城の無血開城を西郷隆盛と交渉して実現した人物として有名ですね。

ところで、皆さん、彼が交渉を始める前に必ずする、ある行為のことをご存知でしょうか?

これは彼の自叙伝である氷川清話にも他の本にも書かれています。

勝は交渉の依頼を受けた時、それを受ける前に必ずこう言うのです。

私がこの交渉事を受ける前に、一つ約束して下さい。私に交渉の全権をお与え下さい。そして、交渉が始まった後、途中で口出しはしないで下さい。その代わり私は交渉の結果の最終責任をとります。この条件をのんで頂けないならお断りします。

現代の政治家でも、ビジネスマンでもこんなことを明確に言える方はいるでしょうか?

多くの場合、こんな大胆なことを言えず、交渉が始まった後、後からいろいろ指示が上司や関係部門から出てきて、場合によっては背中に味方から矢が飛んできて、前に進めなくなり、板挟みとなり、身動きできなくなったケースを私はたくさん見てきました。

私も勝先生(私にとってはMentorですのでここではそう呼ばせて頂きます)の様に、交渉事を始める前に、『私を信用して、私に一任下さい。全責任は取りますから、交渉の途中で口出しはしないで下さい。この条件を受けて頂けるなら、お受けいたします』

こんなカッコいいことを言ってみたいといつも思います。

しかし、こんな言い方、私はとてもできませんし、こんなことを言える方も、実際に言っている方も現代ではあまり聞きませんね。

当時、勝海舟がこれを出来たのは、実績と自信、そして絶大なる信頼を皆から勝ち得ていたからだと思います。

西郷隆盛との江戸開城交渉でも、勝海舟はこの条件を幕府に飲ませてから交渉に臨みました。

当時、幕府にはまだ軍艦もありましたし、徹底交戦派もいた訳ですから、それらの意見を全て聞いていたら前には進みません。

他の人間が交渉を担当していたら、幕府の複数の人間の意見を調整しながら前に進んでいたら、西郷隆盛は江戸へ攻め込んでいたのではないでしょうか。

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サピエンス全史を読んで

ユヴァル・ノア・ハラリの著書『サピエンス全史』を読みました。

読み始めると、どんどん引き込まれる大変興味深い著作でした。

この著者は歴史学者で、非常に見事な語り口で人類の過去の歴史を振り返っていますが、下巻の後半では未来学者と言ってもよい予言をしています。

歴史を振り返るだけでなく、これからの人類はどうなってゆくかについても多くの示唆をしている著作です。皆さんに是非、一読をお勧めします。

この本の下巻に私の心にずつと残った大変興味深いアメリカの宇宙飛行士とアメリカ先住民との出会いの物語、伝説がありますのでご紹介します。

1969年7月20日、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面に着陸した。

この月探検までの数か月間、アポロ11号の宇宙飛行士たちは、アメリカ西部にある、環境が月に似た辺境の砂漠で訓練を受けた。

その地域には、昔からいくつかのアメリカ先住民のコミュニティがあった。

そして、宇宙飛行士たちと先住民のこんな出会いの物語 というよりは伝説 が生まれた。


ある日の訓練中、 宇宙飛行士たちはアメリカ先住民の老人と出会った。老人は彼らに、ここで何をしているのか尋ねた。

宇宙飛行士たちは、近々月探査の旅に出る探検隊だと答えた。

それを聞いた老人はしばらく黙り込み、それから宇宙飛行士に向かって、お願いがあるのだが、と切り出した。


「何でしょう?」と彼らは尋ねた。


「うん、私達の部族の者は月には聖霊が棲むと信じている。私からの大切なメッセージを伝えてもらえないだろうか」と老人は言った。


「どんなメッセージですか?」


老人は部族の言葉で何かを言い、宇宙飛行士たちが正確に暗記するまで、何度も繰り返させた。


「どういう意味があるのですか?」


「ああ、それは言えないな。私らの部族と月の聖霊だけが知ることを許された秘密だから」


宇宙飛行士たちは基地に戻ると、その部族の言葉を話せる人を探しに探して、ついに見つけ出し、その秘密のメッセージを訳すよう頼んだ。

暗記していた言葉を復唱すると、訳を頼まれた者は腹を抱えて笑いだした。

ようやく笑いが収まったとき、宇宙飛行士たちは、どういう意味なのかと尋ねた。彼によれば、宇宙飛行士たちが間違えないように苦心して暗記した一節の意味は次のようなものだった。

「この者たちの言うことは一言も信じてはいけません。あなた方の土地を盗むためにやって来たのです」

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英語の東西南北

英語のEast、West、South、Northには本来の東西南北の意味以外に、ある言葉を添えると特別な意味を持ってくる場合があります。

Back East

これはアメリカ西部の方と話しをしていると決まって出てくる英語表現です。アメリカではBack Eastと言いますと東部の州のことを言います。

私が初めてこの言葉を聞いたとき、アメリカ人に何故、BackをEastの前につけるのか?と聞いたことありますが、自分たちはもとは東から来たからという返事がありました。

一方、アメリカ東部の方はアメリカ西部のことをOut Westと言います。

North of

英語での商談で、金額の話をしているときにNorh of __というと___より上の金額という意味になります。

例えば、 The of cost of the material is a little north of $10,000 といえば,その材料のコストは$10,000より、少し上の金額である。という意味になります。

逆に少し少ない場合は The of cost of the material is a little south of $10,000 といえば、その材料のコストは$10,000より、少し下の金額である。という意味になります。

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Clear the air

clear the air 「誤解を取りのぞく」

Let’s clear the air between us first. 「まずは私達の間にある誤解を取り除きましょう」

ずいぶん前になりますが、このフレーズを最初に聞いたのは来日されたあるアメリカ人のパートナー企業の幹部の方からでした。

その会社との間ではある利害が対立する商談があり、それについての議論が始まった途端、気まずい空気が流れ始めた時、その方の口からこの言葉がでました。

日本人なら言いにくいことは言わずにすまそうとおもいますが、このアメリカ人幹部は非常に率直な方で、このフレーズを言った後、自分の考えをすべて説明し、私達にその理解で正しいか、そうでなければ私達の考えを言って欲しいと言いました。

その結果、両社の間ではお互いに誤解していたことが判明し、お互いのわだかまりがとれて、その後は終始なごやかな雰囲気で打ち合わせは終わりました。

会社、個人との間で誤解が生じている場合、お互い反対意見を正面きって言い合って物別れになることを恐れて言い出さないケースが結構あると思います。


結果的に解決に至らず終わってしまうこともあります。

ビジネスのいろいろな局面では当事者間、会社間で摩擦や、誤解が生じるのはよくあることですが、そんなとき、まずこの言葉を使ってお互い率直に話が始めることができれば素晴らしいと思います。

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カナダ特集 Part 5 – ケベックの誇り

あまり馴染みのある方は少ないと思いますがこの写真はカナダケベック州の州旗です。

カナダの中でケベック州は少し複雑な州です。

何故複雑であるかについて、ご説明させていただきます。

カナダケベック州の車のナンバープレートの下の部分には必ず、フランス語でJe me souviensというフレーズが書かれています。皆さん、どういう意味だと思いますか?

Je me souviensの意味は”私は忘れない”です。

この言葉には非常に深い意味があります。

ジュムスヴィアンと読みますがこれはケベック州の公式モットーです。

何を忘れないかいうと、それはフランス語であり、フランス文化です。

カナダへ最初に植民したのはフランス人でした。しかし、その後、イギリス人とフランス人が戦争をして、イギリス人が勝ち、国全体を英語化する動きがありました。

誇り高いフランス人はそれを阻止して、カナダでは今でも英語とフランス語の両方が公用語として使われていて、カナダのお札の上にも英語とフランス語が併記されています。

私が丁度、カナダトロントにいた1994年はレファレンダムと呼ばれたケベック州住民の投票があり、独立反対51%、独立賛成49%でギリギリケベック州はカナダにとどまりました。

もし、ケベック州が独立していたらカナダという国は成り立たなくなっていたかもしれませんので1994年はカナダにとっては歴史的な年でした。

この様な歴史的背景もあり、カナダの首相は国民に話しかける時は英語の後で必ずフランス語でも同じ内容の話をします。

わたしの経験ではケベック州でもモントリオールの様な大都市では英語が通じますが、ケベック州の田舎へ行くと話されている言葉はフランス語だけで、英語は通じませんでした。

Je me souviensとは“私はフランス語、フランス文化を忘れません”という強いメッセージなのです。

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カナダ特集 Part 4 – カナダの歴史

15世紀に西欧史上でカナダを発見したとされるのが、イタリア人探索家のジョン・カボットとフランス人探索家のジャック・カルティエです。


16世紀になるとフランスが植民地・ヌーベルフランスを設立しますが、アメリカに植民地を広げていたイギリスとの対立が激化します。


対立の結果1763年のパリ条約によってイギリスの植民地として、約100年に渡りイギリスの支配下に置かれることとなります。

その後1885年に大陸横断鉄道が完成し現在のカナダが誕生します。


第一次世界大戦後には外交権が認められ、カナダとしての独立を果たしました。

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カナダ特集 Part 3 – カナダの時差

カナダ国内の時差は何時間でしょうか? 

アメリカとカナダでは日本と違い、国内に時差があります。アメリカには東部時間、中部時間、山岳部時間、太平洋時間の四つに加えて、アラスカ、ハワイ-アリューシャンはら時間があることは皆さんご存知の方も多いかと思います。 

ところで、カナダでは更に東に二つのTime Zoneがあることをご存知でしょうか?

カナダには東部時間より更に1時間早いノバスコシア州の大西洋時間更にそこから30分だけ早いニューファンドランド州時間があります。

したがってカナダの東の端と西の端には4.5時間の時差があります。

何故、ニューファウンドランド州は大西洋時間から0.5時間早く、東部時間から1.5時間早いという妙な刻んだ時間帯なのでしょうか? 

実は、この時間帯はかつてニューファンドランドがイギリス植民地であった頃の名残です。

1963年に州政府が他の大西洋諸州と同じ時間帯に移行する計画を立てましたが、住民からの強い反対があり断念したそうです。 

ニューファンドランド島、及びラブラドール地域はカナダでは最も若い領土です。

1949年までニューファンドランドはイギリス植民地で、独立国のように振る舞っていました。

この年、ケベック州の様に、住民投票が実施され、賛成50.50%、反対49.50%の僅差でカナダ加入が決まったそうです。

こういう経緯があり、この地に住む人々は独立心があり、大西洋時間から0.5時間早く、東部時間から1.5時間早いという時間帯にこだわっている様です。

カナダの島といえば日本人に一番馴染みがあるのは赤毛のアンのプリンスエドワード島ですね。

わたしは90年代にカナダに6年間住んでおりましたので、カナダ10州全てを訪問しましたが、一番東に位置するニューファンドランド島は日本では余り知られていませんが、カナダ最東端の島でカナダの手付かずの自然が見れる非常に美しい島です。

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カナダ特集 Part 2 – カナダの州名

カナダには10州と3準州があります。カナダでは先住民由来の州名はいくつあるでしょうか?

10州中、4州 オンタリオ州、ケベック州、マニトバ州、サスカチュワン州

3準州中、2準州 ユーコン準州、ヌナブト準州

半数近くが先住民由来の名前です。

カナダ最大の都市トロントのあるオンタリオ州の由来はネイティブのイロコワ族の言葉で、「美しい湖(水)」という意味があります。

オンタリオ州には湖がおよそ25万箇所、川は10万キロも広がっていますので、まさに「美しい湖(水)」の州です。

カナダの地図をご覧になるとよくわかりますが、オンタリオ州、ケベック州、マニトバ州、サスカチュワン州、ユーコン準州、ヌナブト準州を合わせた面積はカナダ全土の面積の50%以上を占めています。

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カナダ特集 Part 1 – カナダ英語

私はカナダトロントに1992年から1998年まで6年間住んでいました。

その時に見聞きしたことについて、以前書いたことを再編集してこのゴールデンウィークにこのブログに書かせて頂くことにしました。

ご興味のある方はどうぞ最後まで、ご覧下さい。

今回はまずは、アメリカ英語とカナダ英語の違いについてご紹介します。

カナダは英連邦の国ですが話される英語はむしろアメリカに近く、カナダとアメリカの英語の違いは限定的ですが、違いがあります。今日はその違いをご紹介します。

(1) 州名

カナダでは州のことをprovinceと呼びます。

アメリカのStateもカナダのProvinceも日本語にすると州ですが、初めて会うカナダ人にアメリカと間違えて

Which state are you from ?

どちらの州のご出身ですか?

と言ってしまうと少し不機嫌になるか、Stateではなく、Provinceですよ!と注意されます。気をつけましょう。

カナダ人の心の中では

“私はカナダ人よ、アメリカと一緒にしないで”

と言っています。

カナダの方はカナダ連邦に誇りを持っています。アメリカと一緒にされたくはないのです。

(2)末尾のer

例えば、アメリカではシテイセンターはCity Centerと綴りますが、カナダではCity Centreと綴ります。

(3)トイレの呼び方

アメリカでトイレをRest roomと言いますがカナダではWash roomと言います。

(4)カナダ方言

カナダの方言があるとしたら、それは1つ。

それはEh(エイと呼びます)です。

意味は – だね?と相手に共感を求める時に最後に添える言葉です。

90年代カナダに住んでいた時ある冬の朝、隣の住人が雪かきをしていて、わたしに話しかけてきました。外は摂氏マイナス15度です。

私が住んでいたカナダトロントでは1月、2月は摂氏マイナス15度がずっと1-2週間続くことも珍しくありません。

そんな寒い朝に、隣人のボブさんから出た言葉はこうです。

Cold Eh ? 

(今日は)寒いね ?

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世界の王室 Part 10 – トンガ王国

世界で10番目に王室の歴史が長いのはトンガ王国です。

トンガ王室は1845年に戴冠しました初代ジョージ・トゥポウ1世から始まりました。

今の国王は2015年7月4日に戴冠したこの写真のトゥプウ6世です。

トンガ国王の所在地をご存知でしようか?

トンガ王国は日本から約8,000km離れた南太平洋に位置しています。

このブログで最初から述べていました歴史のある王国は島国というストーリーに勿論、あてはまります。

トンガといえば今年初めに海底火山の噴火がありましたね。

噴火が起きた海底火山「フンガ・トンガ フンガ・ハアパイ」はトンガの首都ヌクアロファから北に65キロに位置します。

海底火山の噴火で被害を受けたトンガの国王ツポウ6世に対し、日本から天皇陛下は電報でお見舞いの気持ちを伝えました。陛下はこれまでにトンガを3度訪問しているそうです。

トンガ王室と日本の皇室は戦前から交流を続けてきました。

先の国王ジョージ・トゥポウ5世は大の親日家として知られています。小学校の教育課程にそろばんを導入したり、トンガから日本の角界へ力士を送り出すなど国をあげての親日国です。

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