
2024年11月10日に第一刷が発行されたエマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を5月に読みました。著者は1951年生まれのフランスの歴史人口学者・家族人類学者です。たいへん読み応えのある一冊ですが、日本のTVや新聞で見聞きする内容とは違った斬新な切り口で世界で今起きている出来事を分析しています。過去の出来事の分析もさることながら、2025年以降世界でこれから起きるであろうことも予測しています。この本は予言書といってもよいかもしれません。是非一読をお勧めします。
トッドはこの本の中で現在の西洋文明が深刻な危機に直面しており、その衰退が歴史的に不可逆的なものであるという見解を論理的かつ大胆に展開しています。彼はアメリカとヨーロッパ、特にアメリカが主導してきた戦後世界秩序が崩れつつあり、それは単なる国力の衰えではなく、知的、道徳的、政治的、社会構造的な総体としての「文明の敗北」であると捉えています。トッドがアメリカ人、イギリス人ではなく、フランス人であるがゆえにここまで大胆な分析ができたのではないかと思います。
以下に要約します。
ウクライナ戦争が暴いた「西洋の限界」
トッドは、ロシアのウクライナ侵攻とそれに対する欧米諸国の反応を、単なる地域紛争ではなく、「西洋文明の崩壊」が露呈した象徴的な出来事として分析しています。西側諸国は、ロシアを経済制裁や国際的孤立で追い詰めようとしましたが、ロシアは予想を超えて耐え抜いており、むしろ制裁は非西洋諸国との結びつきを強化する契機となったと論じています。
欧米は、「正義」「自由」「民主主義」といった普遍的価値を掲げてロシアに対抗しましたが、実際には西側の価値観そのものが世界の多くの国々で受け入れられていない現実が浮き彫りになりました。トッドは、西洋が自らの価値観を世界に押し付ける過程で、かえって国際的信頼を失い、自滅的な孤立へと向かっていると警告しています。
経済的・軍事的衰退と構造的な行き詰まり
アメリカとヨーロッパが主導してきた「リベラル経済モデル」は、1980年代以降のグローバル化によっていったんは成功したかに見えましたが、現在では深刻な格差、産業の空洞化、中産階級の崩壊を招いていて、トッドは、経済の金融化と実体経済の乖離がもたらした不安定さも問題視していて、かつての製造業主導の健全な資本主義が失われたことを憂いています。
軍事面でも、欧米諸国の力はかつてのような圧倒的なものではなくなっていて、アフガニスタンやイラクでは介入失敗に加え、ウクライナ戦争でも決定的な影響力を発揮できていないと考えています。
知的・道徳的退廃と「民主主義」の変質
トッドは、現代西洋の最大の問題は「知的退廃」であると述べています。自由な言論や多様性の尊重を掲げながら、実際には反対意見を排除し、イデオロギーの統一を強制する風潮が強まっている。とくに大学、メディア、SNSなどにおける自己検閲や「キャンセル・カルチャー」は、本来の民主主義や自由主義の精神を損ねていると考えています。
このような状況は、表面的には「リベラル」とされますが、実際には新たな形の全体主義であり、言論の自由や個人の尊厳をも脅かしているとトッドは断じています。彼は、民主主義が形式だけのものとなり、実質的には民意や多様性が軽視されるようになっていると批判しています。
家族構造と教育制度から見た文明の変化
トッドの分析の特徴は、歴史人口学と文化人類学的視点から社会の深層構造を読み解く手法にあります。本書でも、彼は西洋社会の家族制度の変化や出生率の低下、教育制度の崩壊に注目しています。
とくに教育制度については、かつて西洋が持っていた知的エリート層の質の低下と、一般大衆の教育格差の拡大が深刻であり、それが民主主義の土台を揺るがしていると警告しています。 知識や情報が過剰に流通する一方で、真の理解力や批判的思考力が失われているというのがトッドの危機感です。
非西洋の台頭と多極化する世界
トッドは、現代世界を「脱西洋化」のプロセスとして捉えていて、中国、ロシア、インド、イスラム圏、アフリカ諸国などが、かつての西洋一極支配から脱却し、それぞれの価値観と制度を持った独自の発展を遂げつつあると論じています。
西洋はこれを「民主主義対専制主義」「善対悪」といった単純な枠組みで理解しようとしますが、それは自らの衰退を直視したくない心理的防衛に過ぎず、トッドは、今後の世界が多極化し、複数の文明が共存する秩序に移行していくと予測しています。その過程で、西洋がかつてのような「普遍的基準」ではなく、一つの「地域的文明」として位置づけられる時代が来るというのが彼の見立てです。
最後に日本語版のあとがきに衝撃的な予言がされています。これはあくまでもトッドの予言ですが。
トッドの予言
ウクライナは、ロシア語話者であるだけでなく自らを「ロシア人」とみなすクリミアとドンバスの住民たちを含めた「すべての領土の奪還」という目的を果たすことはできないだろう。将来の歴史家は、ロシア系住民を服従させるというキエフ政権の計画を、西洋による侵略戦争の一例として振り返ることになるだろう。
又、実際に手にとって読んでいただくとこの本の中に記載されている数字の中には大変興味深い貴重なものがあります。私がずっと疑問に思っていた何故ドイツは日本を抜いてGDP世界第3位になったのか?がこの本の中の数字を見てよくわかりました。この本のPage 186~187にその答えがあります。
何故ドイツは日本をぬいてGDP世界第3位になったのか?
日本と同様に、低出生率がドイツを衰退へと導くはずでした。しかしそうはなりませんでした。ドイツの人口 は、2011年の8,032.7万人から2022年には8,435.8万人への約400万人増大しています。帰化した人も含めてドイツ国籍の人口は2011年の7398.5万人から2022年には7203.4万人へと約200万人も減少しています。しかし、ドイツの外国籍の人口は、2011年の634.2万人から2022年には1,232.4万人へとほぼ倍増、600万人も増大しています。人口がドイツのGDPを大きく引き上げた訳です。
